アサナ

アサナ

ヨガをしはじめて30年近い月日が流れた。

これでもか、これでもかと練習をやりすぎて、医者に言われるまで身体を酷使しすぎてしまっていた。

瞑想という心の面から、この道に入ったのにいつのまにかアサナがうまくできる事にとらわれすぎていた。

それなりに学んで勉強になったが、身体を傷めてしまっていた。

過ぎたるは及ばざるが如しだ。

ほどほどが今からの人生には必要で転換期にでもきているのだろう。

じゃあ、この先どのようにアサナと向き合っていけば良いのだろうか?

万人がメディアに出てくる人のようにアサナを綺麗(必ずしも良いとは思はないが)にできないのであれば、どこがゴールになるのだろうか?

アサナが上手くなっていくという事は一体どういうことななのか?

グルジは90歳を過ぎてもアサナを続けていた。

肉体からプラーナへそして感情のエネルギー層へと意識を旅させる為には1人での練習が重要になってくる。

何故なら自分をしっかり見つめて観察する必要があるからだ。

そして身体の隅々まで意識を張り巡らし肉体には知性を内にはプラーナを感じつつ心の変化を観察させる。

とらわれる事なく執着する事なく流れていく心の変化を見つめる。

川の流れを見つめるように。

今できるアサナはこういう事になってくる。

2018年1月9日

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