抗がん剤の治療をしている。だんだんきつくなってきている。医者が言うように薬が蓄積されているのだろう。

年配の人の中には、きつい思いをするのならと言ってやめる人もいるときく。きつい思いをして少しだけ長生きするより元気でやりたい事をしていたいという思いがあるそうだ。

ガンになって「死」というものをより身近に意識しだした。

リアルに「死」というものを感じる。「死」を感じる事によって「生命」は「生きる」という覚悟を用意するのかもしれない。

オウム事件の幹部達が死刑になった。というニュースがテレビから流れてきた。オプラートに包まれたような報道の仕方が気になる。何か見えてこないものがある。意図的なのだろうか?

まるで穢れたものに触れるかのような、できることなら無いことにしてしまいたいような。

マインドコントロール下での犯罪をどう捉えるのか?

死というものを目の前にした時の麻原以外の人たちの心の動きには興味がある。

いつか明らかになる日がくるのだろうか?一部の識者が言うように課題は残ったままだ。

1994年インドでのアイアンガーヨガの研修が終わりミャンマーでビパーサナ瞑想をして1995年に日本に帰ってきた。その直後に地下鉄サリンの事件が起きた。

オウム真理教がやったとかやらないとか、連日テレビで放映されていた。

ヨガに対する風評被害もあり、ヨガをしているというだけでからかわれたりもした。

でも、そんな事はあまり気にならなかったし、知り合いに教えていたのであまり影響はなかった。

大きな事件だったので、接点はあった。

1989年頃オウム真理教の説明会に行った事もあった。

その時は麻原の講演と1人ひとり会う面会の時間があった。

お腹の調子がいいでしょう?

と言われた。

当たってはいたがびっくりするほどの事でもなく、それよりも自分の前にいた老夫婦に信者達が入会を強く勧めていた事の方が気になった。

ヨガは組織というものより個としての成長をメインにしているのものだと思っていたので、そのしつこい勧誘の仕方には辟易したものがあった。

1人先に会場をあとにしようと階段を降りた時に、胸につけるリボンを返してほしいと信者の1人が追いかけてきた。

細かい事まで気にするんだなぁと、その時は思った。

その後何度か友人と道場に見学にも行ってみた。

麻原が書いた本や瞑想用のテープを気前よく配っており、もらって帰った。

もらった本の中には空中浮遊やヨガで身につくと言われる不思議な力の事などが書かれていた。そんな簡単な話ではないだろう、と思ったが不思議な世界の入口としてはインパクトは充分だったのかもしれない。

その不思議な力に対する考えの軽さは2000年代に入ってスピリチュアル系のブームにつながっていくのだと思った。

そしてヨガはそういうスピリチュアルな部分を切り離しフィジカル系のパワーヨガとしてブームを作っていった。

オウムの事件の後、通っていた教室がアイアンガーヨガの看板をおろした。

自然と自分もアイアンガーヨガから足が遠のき、独学で勉強を始めた。

そして外人ハウスで働きながら細々とヨガを続けた。

クレニオセイクラルワークや、心理学系のワークショップに参加したりしながら、ピン‼ときたものには顔を出してきた。

そして結婚をし子供を授かり九州へ移住する事になった。