20代のはじめ仕事を決める時、何をしようかと悩んだ。

悩んで日本を飛び出して旅に出た。

旅をしながら考えた事は、

人の為になる事、人の役に立つこと。

今思うと、自分の育ってきた昭和という時代が家族の為、社会のため、誰かの為に何かをする。

というような時代で、その影響を受けていた。

今の仕事を30年やってきた。

でも、家庭的にも社会的にもあまり役立っていない。

何とか役に立てるように頑張ってはみたものの、あまり必要とはされていないようだ。

やり方が悪かったり、方法を知らなかったり、才能がなかったり、色々な理由はある。

最近になって『役に立つ』というアイデンティティで生きてきた事に気付いた。

人の為に役立つようにやってきたのだが、求められていない。

求められるようにやればいいのだが、需要と供給のバランスが取れない。

ズレが生じた中で一生懸命やるというのはとても苦しい。

常に何かをやらなくてはという感じがついてまわる。

それでズレが埋まればいいのだが、このアイデンティティは相手に対しても役に立っているのかという視点で見てしまう。『あいつは使えない奴だ』みたいな。

家族の中でもそういう視点を持ち続けていると辛いものがある。

そういうオーラを出している人のそばではリラックスできない。

そのアイデンティティを外した時、周りを見る目が変わる。

イライラが少なくなる。

役に立つ為ではないとしたら、本当は何をしたいんだろう。

花という歌が昔流行った。その時代と今がつながりだしたようだ。