我が家には3匹の猫がいる。
何でこんな生き物が地球上に生きているのだろうと思う事がある。
他の生き物にしても、何でこんな姿をしながら生きているのだろう。

自分と違う

車で外を走っている時、道を歩いている人や自転車に乗っている人をみかける。
もう、自分とは違うんだなぁと頭をよぎる。
この人達はお尻があるんだなぁ。

障害のある。障害を持つ。

知り合いに養護学校で働いている人がいて、少し話す機会があった。
今学校では、「障害を持つ」とはいわないで「障害がある」というという話をした。
この言葉を聞いて違和感を覚えた。
「ある」というと存在そのものが障がいであり、「持つ」というと存在からかけ離れて障がいを持っている、という感じがする。
こういう事が差別になっていくのではないかと危惧する。
考え過ぎだとは思うが、この辺りは今でも部落差別が残る地域だからだ。

昔聞いた悟りを開いた人

まだ元気にタイや中国を旅していた頃、タイの田舎の村のゲストハウスに泊まっていた時に友人が悟りを開いた人の話をしてくれた。「山で修行を終えたその人は、山から町に降りてきて人混みの中を歩いていると、周りの人よりも少し上を歩いているようだった」
何を言っているのだ?
と思ったが、心の中に今でも残っている。
何故か「ワット ウーモン」というタイのお寺の名前が浮かんできた。
ググってみると、14世紀末にメンラーイ王が静かな環境で瞑想できるように、トンネルを掘って建てた寺院である事が分かった。
何か縁をかんじる。
元気になったら瞑想をしに行ってまよう。

慈しみ

人は1人だからこそ、自分とは違うからこそ、慈しむ気持ちが大切なんだと思う。
慈しむ気持ちは自然に備わっているものなのかもしれないが練習する必要がある。
以前インドのスワミにお会いした。
この人は全部分かっていて見透かされていて怖いと思った事があった。
でも、ふと思った。
この人達はそんな人を責めるような事は言わない。
そう気がついた時に緊張が解れた。
ヤマ、二ヤマもこういう要らぬ緊張やエネルギーブロックを作らないためにもあるのだ。

練習の話はまた別の機会に。