以前ならイライラしていた自分の残像が車を運転していたらビジョンとしてうかんできた。価値判断をしないで、どんな思考も「いい」「悪い」とジャッジせず。その時に生じた自分の中のネガティブな感情を言語化できるまでしっかり味わい認めること。充分に認めきったら、今までとは違う新しい行為を選択をする。その練習の為に自意識が出てきた瞬間に意識を自覚する練習が必要だ。意識を自覚する事は意外と難しい。一瞬の間に変化するからだ。例えばテレビを見ながらご飯を食べているとして、自分の意識はこの瞬間どちらにあるのか意識してみるとそのむずかしさに気づくだろう。いつのまにかあれこれ考えていたりするものだ。信念やアイデンティティが消えてくると価値判断ができなくなってくる。そこで本を読んだりするとすごーく頭の中に入ってくる。勉強もすごーくできるようになってくる。はずだ。好きな本はともかく嫌いな本を(教科書とか)読んだリするのは瞑想に近いものがある。勉強して出てくる自意識をしっかり見つめていけばいいのだから。一石二鳥だ。ヨガの事は考えてきた(どうすればもっと上達するのかとか、どのように指導していけばよいのか等々)けど自分の身体の事はあまり考えてこなかった。自分にもっと興味を持っていればこんなことにはならなかったのかもしれないと思う。自分の身体を道具としてヨガをするのではなく、ヨガを道具として自分を観察するようにしていかなくては本末転倒だ。ポーズができるイコール自分が観れている。ではないからだ。だからちょっと待てよと立ち止まって後ろを振り返って自分の来た道をもう一度見直す事が必要なのだ。これが1つの瞑想になっている。