1997年大学を卒業した私は中国旅行にでかけた。あてのない旅で、何かしたいことを見つける旅だった。時はバブル期で世の中は平和に豊かになっていく、そんな感じがしていた。経済が潤ってくると考え方も自由になるのか価値観が多様化しはじめ世の中が浮かれていた。
旅行も3ヶ月目に入りチベットのラサにいた。
ちょうど1998年の暴動が起こる少し前のことだった。インドへ向かう旅行者はみんなネパール国境までの道が通れなくて、ラサで道が復旧するのを待っていた。
日本を出る前は中国以外の国へ行くことなどまったく考えてはいなかった。そもそも興味もなかった。小学生の頃から歴史に興味があり、その延長線上で中国に興味があっただけだった。そして近代に入ってから両国の関わりに関心があった。けれども、その全てが自分が何を為すべきなのか?というところから発していた興味だった。歴史というより伝記、昔の人がどういう生き方をしてきたにかに興味があった。そして自分は何をすべきなのか?
中国を旅行していると色んな人達に会う。今までに会ったことの無いような人達だった。新鮮でとても刺激的で、どこか壊れているよう人達だった。そして旅人達と接している間に自分もネパール・インドへのあこがれが強くなっていった。ラサで過ごす日々。空が近く本当に手が届きそうな感じがした。僧侶が多く宗教色が濃くとても精神的な世界だった。そのくせ街の建物の中に入ると怪しい人達がお茶を飲んだりして話をしている。中世のような映画の中の世界でもあるようだった。いつしか仏教の世界に触れてみたい、日本人の精神的ルーツを見てみたいという思いが強くなっていった。今思えばラサが人生のターニングポイントだった。ラサからネパールへの国境越えはとても印象深くチベット高原から見るヒマラヤの山々や、国境のあの静寂さや美しさは一生忘れられないだろう。そしてネパールで最初に出会ったのが精神世界という言葉だった。そういった世界とはまったく無縁のところで生きてきた。20代前半の頭を洗脳すのには十分な知識や生活がそこにはあった。チベットでもそうだが、宗教心というものを誰が持っている。そして一心に祈る姿には心を動かされる。これが日本のどこかの宗教団体でやっていても何とも思わないだろう。日本で考えていた宗教とネパールで触れる宗教とは、そういうエネルギーの大きさでも全く違っていた。

そうしてだんだん瞑想や悟り、解脱などという言葉に興味をもちはじめた。最初にヨガの手ほどきを受けたのはネパールのポカラでゲストハウスをしていた日本人のマスターだった。見よう見まねでやってみたが、身体が硬いのだけが印象に残った。別にどうってことはなかったのだ。それよりも話の方がおもしろかった。
ヨガは自分でするもので、悟りや解脱への方法だという。
そんな事考えたこともなかった新しい世界の扉が開いた瞬間だった。それから日本に帰るまでの半年間暇を見つけては瞑想をするためによく座った。にわか仕込みの瞑想はきつかった。
少し座ると脚は痛くなりザワザワ心はさわぎだし、瞑想というよりも迷走になってしまっていた。それでも他にする事もなく、何かにすがるかのようにヨガに対する好奇心はどんどん強くなっていった。