2017年 2月 の投稿一覧

情熱

高校時代の部活の顧問の先生の古希のお祝い会に参加してきた。九州からわざわざ神奈川まで行ってきた。

久しぶりに会った部活の先輩後輩、いいもんだなぁ、と思った。学生の頃はただひたすら練習が嫌で何とか3年間終えたという感じだった。1、2年生の時は練習はストレス以外の何者でもなかったが3年になって、あと1年と思った時に「あと1年やる気を出してやってみよう」と思った。そうしたら1、2年の時の苦しみが嘘のような消え、記録も伸びるようになった。この事が、やる気を出せば全てが変わるのだという事を学んだ。

学んだ事はそれだけでは無かった。先生の厳しいまでの指導。自分はあまり怒られる事はなかったが、その情熱はかなり熱いものだったのだと今回気づいた。そしてその情熱が良きにつけ悪しきにつけ影響を受けていた。まるで社会の縮図のような毎日だと決めつけ、会社勤めはせずにドロップアウト。そしてヨガという自分の道をみつけ今までやってこれたのはこの先生の情熱を受け継いでいたからだと気がついた。

今まで何となく自信がなかったりどっちつかずになったりして迷ったりしていたが、自分の原点に立ち返る事ができた。そんな先生の座右の銘は『雑草の如く』であった。これでいいのだ。と思えるようになったし、『自分を信じてあげられなくて誰が自分を信じてあげられるのだ』という言葉が残った。

そして仲間というものは大切な財産であり。ヨガを通してその仲間を作り育てていく事が自分のこれからの仕事である事を教えてくれた。

他のヨガとの違い

ヨガも沢山の教室やレッスンが溢れている。10人いれば10種類のヨガがあるという。多くのレッスンでは前に先生が立って、それを見ながら真似るようにポーズをしていくレッスンが多い。先生は一人一人に語りかけるというより全体に語りかけて導いていく。

また、先生は前に立って見本を見せず言葉を使って誘導し、一人一人を見ていく。毎回やるポーズが決まっている場合などで多くされている。

いずれの場合もヨガの場合アサナというポーズをする事が多い。中には体操の様なレッスンもあるが、今では少ない。

ポーズを深く考えて行く時間はレッスンの中ではあまりない。例えば手を挙げるように指示されても肘が伸びない場合、そのまま次へ進むか肘をもっと伸ばすように指示して終わってしまう。なぜ肘が伸びないのか、そこまで考え教えてくれる指導者は少ないのではないだろうか?何故できないのかという事と向き合う事で、身体に対する洞察がついてくる。

自分はできるからできない人の気持ちが分からないようでは、何を指導しているのか分からない。
分からなかったら理解する努力が求められるのが、この仕事なのだとおもう。

間接照明を使ってキャンドルを点けて部屋を演出した感じの好い雰囲気のある教室に通う事も好いだろうけど、身体の中から気持ちよく伸びることができれば自分の内側から気持ちよさを実感できるものだ。