2017年4月

  • 以前クレニオセイクラルワークを学んだ時、最初のワークがダイアグラム、横隔膜のように身体を横に走る組織の解放だった。

    横に走る組織の緊張が縦方向の流れを阻害するからだ。

    ヨガでも同じように縦に流れるエネルギーを横に走る組織がブロックしないように緩めていく。

    プロップスを使ったり、アジャストをする事によって縦方向と横方向の拡がりを作っていく事から練習が始まる。

    決して身体に負担をかけて難しいアサナをする為にする事はない。何故なら理にかなっていないやり方は身体を壊すからだ。

    ヨガは全ての物事の真理と通じる。この道を探していく事が自分にとってのヨガである。

    だからセラピー、癒すという事を考えた時に同じ原理原則がそこにはなければならない。

    だからヨガで身体を癒し治していく事が可能になってくる。

    そんな道を模索探求していく。

  • 今、森絵都著「みかづき」という本を読んでいる。塾の話しなのだが教育と経営との葛藤が綴られている。だからか昔の事を思い出した。

    中学校の音楽の時間だった。新任のその先生は和音の練習ばかりをした。

    その先生が考える基礎練習だったのだろう。

    その授業はもうメチャクチャだった。同じ事ばかり繰り返すのはつまらないし苦痛でもある。多様性を求める人間の本能でもある。

    でも自分は楽しかった。同じ事の繰り返しなのだがとても気に入っていた。

    数年経って、あの時の練習が役に立っているなぁとカラオケに行くたびに思う。

    40年近く経った今でもそう思える経験をさせてくれた事に感謝の気持ちがいっぱいだ。

    同じ教える立場として、何十年経っても役にたつ事を伝えていきたい。

    だから基礎練習はつまらなくても、その中から幾重にも変化していく可能性を見つけていってほしいと思う。