2018年1月

  • ヨガセラピー

    今日から4日間のワークショップで神戸に来ている。

    昔アイアンガーヨガを始めた頃、先輩にアイアンガーヨガの本質はメディカルにある。と言われた。その事が頭の中にずっと残っていた。

    6回コースで3年かけて学んでいく。

    今までの経験だと、こういうケースにはこういう風に対処していく、というような事を学んでいくのかと考えていたら少し様子が違った。

    ヨガセラピーをどのようにやっていくのか?という基本的な事からの学びになった。

    興味深かったのは解剖学的、医学的に見ていくのかと思っていたら、3つのグナ(ラジャス、タマス、サットバ)で身体を観ていく。

    今回のコースは脚を観ていくのでポイントを色々学んだ。

  • 人間万事塞翁が馬

    腰椎が変形してしまっている事を2年前に整形の先生から言われた。その時は「ふーん、そうなんだ」ぐらいにしか思っていなかったが、この前整体の先生に触診しただけで、同じことを言われショックを受けた。

    更にその先生はもう治らないからほどほどに無理をせずに付き合っていく事を勧められた。

    今まで無理をしてきたつもりはなかったが、無理をしていたから身体が壊れてしまったのだ。

    無理をするというのは身体を酷使するだけではなく感情面でも無理をしていたのだ。

    頑張っていたのだ。

    何をそんなに頑張っていたのか?

    できもしない事をあれこれ悩み苦しみ勝手に腎臓に負担をかけ内臓を硬くし腰にまで負担をかけていた。

    今に始まった事ではない。若い時からの癖だ。思考の癖。身体の癖。

    何もこの事は自分だけの問題ではない。多くの人が同じような原因で苦しんでいると先生は言う。

    今は他の人にアドバイスをできるような状態ではないが、もっと身体、心(感情や思考)をしっかり感じ、気づいたら常に直していき、ヨガをもっと多くの人に役立てていけるものにしていきたい。

  • アライメント

    アサナをしているとアライメントの事をよく言う。身体全体を意識して身体を正しい位置に持っていく。それができれば苦労はしない。曲がるべきところが深く曲がっていなくてもアライメントは正しくとる必要がある。例えば腕を挙げる動作1つとってみても、アライメントなんてそっちのけで手を高くげようとする。完成ポーズというか、ゴールに向かって一直線なのだ。アライメントを正しく取ろうとすると、思ったように手は挙がらなくなる。ゴールは遠いし、できないし嫌になってしまうかもしれない。若い時はアライメントを多少無視しても身体にさほど影響はないのかもしれないが(そんなことはないと思うが)ある程度歳を重ねると、若い時のやり方では通用しなくなってくる。身体がSOSを出し始めるのだ。アサナに入る前にアライメントをしっかりとって動きながらしっかり自分を観察し観る目を養いながら丁寧に動いていく必要がある。腕を真上に挙げる動作でもアライメントが崩れるようではそこまで腕を挙げる必要はなく、水平よりやや上でも構わない。腕を挙げてしまってからアライメントを取るというやり方もあると思うが、難易度は上がる。こうしてアライメントを正しくとるという事で誰にでもできるヨガになってくる。

  • 感情のエネルギー

    人は感情によって行動する。そう整体の先生はおっしゃった。

    だから嫌々やると負のエネルギーが働き出すから心にも身体にも良くない。どうせやるのなら負のエネルギーを正のエネルギーに変えて楽しみながらやる方が心にも身体にも結果も良いものになってくる。

    やる気を出してやると色々な事が変化してくる事を体験した事はないだろうか?

    そういう切り替える事が出来たら人生はもっと変わっていく事だろう。

    そこにはこだわりや執着があってはありのままを受け入れる事にはならない。

    変化を恐れてはいけない。

    感情のエネルギーが気のエネルギーに影響を与え肉体に影響を与えていく。

    だから自分の感情を俯瞰するように観察する必要がある。身体を観察し、呼吸を観察し感情を観察する。

    そこからさらに思考の域に入っていく。

    先ずは感じること。そして観察する事。そして受け入れる事。

    それがヨガだ。

  • アサナ

    ヨガをしはじめて30年近い月日が流れた。

    これでもか、これでもかと練習をやりすぎて、医者に言われるまで身体を酷使しすぎてしまっていた。

    瞑想という心の面から、この道に入ったのにいつのまにかアサナがうまくできる事にとらわれすぎていた。

    それなりに学んで勉強になったが、身体を傷めてしまっていた。

    過ぎたるは及ばざるが如しだ。

    ほどほどが今からの人生には必要で転換期にでもきているのだろう。

    じゃあ、この先どのようにアサナと向き合っていけば良いのだろうか?

    万人がメディアに出てくる人のようにアサナを綺麗(必ずしも良いとは思はないが)にできないのであれば、どこがゴールになるのだろうか?

    アサナが上手くなっていくという事は一体どういうことななのか?

    グルジは90歳を過ぎてもアサナを続けていた。

    肉体からプラーナへそして感情のエネルギー層へと意識を旅させる為には1人での練習が重要になってくる。

    何故なら自分をしっかり見つめて観察する必要があるからだ。

    そして身体の隅々まで意識を張り巡らし肉体には知性を内にはプラーナを感じつつ心の変化を観察させる。

    とらわれる事なく執着する事なく流れていく心の変化を見つめる。

    川の流れを見つめるように。

    今できるアサナはこういう事になってくる。

  • 神経伝達治療(NTA)を受ける

    身体の不調がここのところ続いていて、知り合いの紹介で神経伝達治療を受けに長崎県の諫早まで受けに行ってきた。遠くからも患者が来るような治療院で大分ナンバーの車が停まっていた。

    身体のバランスを治し、心の話をしながら施術をしてもらった。

    結局、色々考えすぎていてそれが腎臓を悪くしているといわれた。

    なんでもほどほどにという事だった。

    ほっといて

    どうでもいい事

    ほっといて

    どうにかなるさ

    という事らしい。

    感情のエネルギーで身体は動くからマイナスの感情で身体を動かしていると身体に負担がくる。

    マイナスのエネルギーで動いている事が多々あったのかと思い出してみた。

    そうすると思い当たる節がある。

    なんとかしようとしても何ともならない事が、心と身体を蝕んでいく。

    そういう人は自分だけではなく本当に多くの人がそうやって自分を苦しめているそうだ。

    それでも頑張れとこの社会は言っているのかもしれない。

    頑張ればなんとかなると。

    もっと努力をしろと。

    これからの人生、中道を目指していくのも新しい道なのかもしれない。

  • 自主練習

    1人で練習をしていると色々なことに気づく。

    昨日ヒーラーに腰部を手当てしてもらった。ハミングとかいうらしい。

    終わった後に悲しみが沢山あって涙が出てきそうになった。といわれた。

    ヨガは肉体的な作業だが、その奥に気の流れがあり、その奥には感情のエネルギーが流れている。

    自分にとっての今年のテーマでもある、1つひとつのアサナをじっくりやっていこう感じていこうと思っている。

    身体の中にスペースを創り出しながら左右のバランスを確認するようにアサナを続ける。

    長年やっていても思ったように上達しないなぁとか思いながら、上達する秘訣は何なんだろう?きっと解明してみせようなんていうおもいも湧いてくる。

    ノートにメモを取りながら練習をして後半に差しかかった頃昨日の事をおもいだした。

    幼い頃の事や家族の事、多感だった思春期の時に思った感情やインドでした内観瞑想の事などが頭をよぎった。確かに自分は悲しみの感情が強い。この身体の痛みがこの悲しみのエネルギーからきていると言われれば 納得する部分がある。

    自分の感覚だが、悲しみはヴァータでできていて、それを包み込むようにカパで覆い隠している。いつの頃からかこの敏感な感情に触れたくないために水と土のエネルギーで覆い隠して感じないようにしているのだ。それがヨガをする事で1枚また1枚と剥がれてきている。

    身体はパソコンでいうところのハードデスクの役目を果たしていると思っている。

    この感情が解放される時にどのような変化が起こるのか楽しみでもある。

    ちょっと自虐的だが自分の負のば部分と向き合っていくという事はそういう事なのだと思う。

    こうして身体が整い心が整い環境が整っていく。