2018年4月

  • 手術後6日目。

    ベッドの上の生活も慣れてきた。特に暇を感じる事もなく本を読んだりテレビを観たりしている。根っからの怠け者には極楽、極楽だが。

    まだ何か作業をする気にはなれない。立ち上がると頭がボーッとする。なので今日はいつもより少し長く歩く事にした。歩行禅だ。運ぶ脚に合わせて『みぎあ〜し、ひだりあ〜し』と交互にラベリングをしていく。身体がポカポカしだしてくるまで歩いてみた。頭が少しだけスッキリしてきた。

    時間があるのでヨガの事も考える。ヨガを初めた頃はヨガの知識がないのでどのようにアサナをしたら良いのか分からないのでストレッチをしていた。それはそれで気持ちが良いのだが、教えると言う事を考え始めた時に解剖学やスポーツなど、その時参考にできるものを片っ端から取り入れてアサナの中に取り入れていった。そしてさらに深く学んでいくとアサナのヒントもヨガの資料の中にヒントがある事をグルジは教えてくれる。何故グルジが皮膚の動きを細かく言うのか、それはヨガの用語の中では食物鞘の事を言っている。そして我々人間を作り出している5つの元素 (火、水、土、風、空)。ここが一番ヨガらしい点だと思うのだがアサナをしている身体の状態をサトビックな状態に持っていくという点だ。これらの事はヨガの本を読むと書いてある。アサナにどう取り入れていくのか?それはグルジが教えてくれる。それができて初めてヨガ体操から本当のヨガになっていく。どんな観点でヨガをしていくのか、それによって同じ事をしていても違った事になっていく。そんな事を考えながら明日へのモチベーションにしている自分がいる。

    ストーマにはなかなか慣れない。朝少し漏れた。ほんの少しだが漏れるのだ。

    食事も重湯から始まって3分、5分、全粥となった。それに伴って便の量も増えてきた。点滴も昨日で終わった。後はお尻の管が取れればだいぶ動けるようになるのだが、お尻とお腹はまだ痛い。痛み止めを飲むほどではないが時々痛くなる。

    歩いてみると術前の身体の癖があってその動きで動いているようで違和感を感じる。身体の一部分がなくなったのだから動きも変わっていくはずだ。早くこの身体に慣れていかなければならない。

    こちらの看護士さんも身体を動かしやすいストーマの装具を選んでくれた。

    飛び出た腸も少しだが小さくなってきた。今はこの状況にいかに慣れていくかだ。そして次はいつお尻の尻尾が取れるかだ。

  • お見舞いでいただいたお花は目を楽しませてくれる。

    自分の周りではポン(ガンの事)とか介護とかいう言葉はまだ先かと思っていた。自分が1番に先になっちゃった。結構何でも人より早く体験する人生のような気がしていた。ポンも最初になったのかな。なんて思う。

    あるセラピストは魂の歪んだ形だっていうけど2人に1人がポンになる時代に、魂の歪みとはどういう意味なんだろう?この国の魂が歪んでいるとしたら何か起こるのだろうか?

    医学では免疫異常がポンを作りだしているということを言っている。食事が問題だという人もいる。添加物の多いものは極力避けたほうがいいのかもしれない。ヨガでもできる事はある。自分の体験から足りなかったものを取り入れていこうと思う。退院後は免疫機能をあげるようなリストラティブヨガとプラナヤーマのレッスンを共にしていこうと思う。

    入院前にポンの痛みを感じていたら何かのエネルギーの流れを感じて痛みが消えた。2回目は感じる事ができなかったが何かしらの目に見えないものの原因はあるのかもしれない。また別のヒーラーはポンはエネルギー的には悪いものではないと言っていた。マハリシもポンだったって言う。

    ポンもお釈迦様がいう生老病死の苦しみの1つであってただの運命なのかなって思う。ヨガしてても病気にはなるし何もしてなくても元気な人は大勢いる。

    どんな事が起こっても悲嘆して生きる力をなくす事なく、『自分の人生を受け入れる力』と『他人を慈しむ慈悲の心』を育てる事が自分のヨガの目的だ。

    自分の人生を受け入れる力とは、簡単に言うと平常心や不動心という事だ。

  • オペが終わった。

    とても幸せな光の中から現実の世界に引き戻されていく。できればこのままでいたい。

    意識がはっきりとして身体の感覚が徐々に蘇り、周りの人の、声が聞こえてくる。のどに違和感を感じて声はまだ出ない。身体という乗り物に意識が乗り移っていくような感じがする。話しかけてくる周りの人に応えようと必死に喋ろうとしている自分がいる。

    集中治療のベッドに寝かされるが麻酔が効いていて身体の感覚がまだない。
    する事もなく時間が過ぎていく。呼吸が浅く深く吸う事ができない。身体もほとんど動かない。脚には変な機械がつけられ時間でギューとしまる。
    集中治療室の看護士さんには手取り足取り親切にしてもらったが、ストーマにつけるパウチをセットする時に若い看護士の心の声が漏れてきて大丈夫かなと思う時があった。最初は誰もがそうなのだろうが、この病院には新人さんが沢山いるようだ。

    次の日午後3時に一般病棟へ移された。車椅子で行くのが普通らしいが、身体を、起こすと気分が悪くベッドでの移動になった。病室に戻ってきても動く事はできないが、動け動けと言う。
    術後2日目なんとか立ち上がって2、3本歩いたがお腹が痛くてそれ以上は無理だった。お腹は痛いが空腹感はあって美味しいものが早く食べたい〜と思う。この痛みと関係ないんかい!

    自分のストーマも始めて見た。看護士が変えてくれる時に大きいと言っていた。まぁ小さくなるらしいが、身体を動かす仕事なので大きめにしたと先生は言っていた。
    覚悟はしていたが実際に自分のストーマを見ると、その姿にショックは隠せない。これからの生活に想いを馳せる。最初はしょうがないかぁ。

    病院のスケジュールがドンドン進んでいく、あれしましょう、これしましょうと、せわしい。病院はもっとゆっくり時間が流れているのかと思っていた。看護師も目まぐるしく変わりまるでIT企業の営業みたいだ。

    入院前に借りた「羆嵐」という小説を読み終えた。戦前の日本人の自然との闘いが描かれていた。厳しい生活の中でもたくましく生きていく姿や頑なな人間のサガには見習うべき憧憬がある。

  • 上から読んでも、下から読んでも『がんまんが』

    内田春菊さんの体験漫画だ。

    自分の体験とは多少違うが流れ的には同じだ。途中で終わっている感があるがこの続編も書くつもりらしい。

    さて、手術がだんだんと迫ってきた。ベッドの位置を入り口から窓側へと移され昨夜いた場所には同じ病気で術後の人が移ってきた。結構苦しんでいる様子をみると何だか逃げ出したくなるが、ケースバイケースで人それぞれ違うからここまできてビビってもしょうがない。願わくば違う部屋にしてもらいたいものだが、早く自力で小便ができるようになる事を祈っています。

    今日は家族を入れて4組のお見舞いが来てくれた。重なる事なくタイミング良くきてくれるものだと感心した。神奈川から来てくれた母と妹と姪っ子。柳川からわざわざ来てくれた友人。本当にありがたいことだ。ヨガの仲間も面会時間ギリギリに来てくれた。話をするとモチベーションが上がってくる。ありがたい事だ。同じイントラ仲間の人とは1年ぶりに会えて話せて好かった。

    みんなに心配をかけているが自分を見つめ直す良い機会でもある。病気の事は忘れてしまいそうである。

    明日また頑張ろう。

  • やっと入院の日がやってきた。他の行事と同じようについにこの日が来た。

    入院病棟は思ったより静かで外来でごった返している院内が嘘のようだ。
    看護士の人は親切だし、みんな親切。

    そして手術の説明を受けた。お尻ががっぽり無くなってしまうのだ。なんかショックだ。自分のヨガ人生はどうなってしまうのだろうか?ここまできたら何を考えてもしょうがないのだがヨガのお仕事ができなくなった人生も考えてしまう。

    今日ヨガ関係の友人がお見舞いにきてくれた。ヨガスタジオを経営しているその友人と話しているといかに自分がビジネスというものからかけ離れて仕事をしてきたのかと思った。
    この仕事はいかに集客力を上げるのかというのが肝である。集客力を上げるためにどうするのか?
    まぁ、そんな事を、考えないでもないのだが、ヨガというものに真摯に向き合う事の方が大切に考えてきた。その辺りにギャップを感じるのだ。
    今の社会のシステムはそうできているのだ。資本民主主義である。
    自分の生き方とは違う。という印象だ。
    ヨガを続けていけるのか?と思っている自分が言うのも何だが、やっぱりビジネスとヨガを学ぶと言うことは違うのだと自分は思う。
    これから先もやっぱり今までと同じやり方を続けていくのだろう。
    たとえアサナができなくなっても、プラナヤーマやメディテーションは続けていくだろう。
    でも、グルジはどんな人にでも等しくヨガの恩恵が受けれるようにアイアンガーヨガのシステムを作ってくれている。もっと深くアイアンガーヨガを学ぶきっかけになるのかもしれない。

  • 本来ならヨガセンターを休みにせずに続けていけたら良いのだが、それができなかった。

    不測の事態ではあるのだが。北九州でヨガを始めて14年経ちインストラクターとして手元から何人かの生徒が旅立っていった。今一緒に学んでいる人の中から引き継いでやっていってもらうにはもう少し時間がかかりそうだ。

    先ずは自分の心構えが中途半端であった。
    今までは後進を育てるという事を意識してはいたが、それよりも自分の問題に取り組むという意識の方が強かったという事が身体を壊してからのレッスンでよく分かった。身体が動かせない分生徒を観るという意識と気持ちと時間が増えた。増えた分だけ生徒の事を今まで以上によく観る事ができた。これまでも観るようにしていたのだが、それとは全く違う。完全に観るという事に徹底できた。それは生徒側にも手を抜いたり気をぬくという事が出来ない状態であって、より身体への意識が強まるといことでもある。

    さらにそうすることで、様々なストレス、自分の心の中にもある種の変化が生まれてくる。変わるのは身体だけではなく心にもある影響を及ぼす事だろう。

    よく思うのだが、スポーツの世界ではコーチや指導者は観ているだけだ。観ているだけといったら語弊があるかもしれないが、一緒に練習をしているシーンは見た事がない。スポーツ選手は引退して指導者となる。選手と指導者は完全に別れている。
    スポーツの世界では一流選手が一流コーチになれるかというと必ずしもそうではない。逆に二流三流と呼ばれていた人達の方が名監督名コーチと呼ばれたりもする。
    スポーツとヨガを一緒にはできない部分もあるが、、、。

    これからは筋骨格を中心にしたアサナだけではなく内分泌や内臓にもっと働きかけるプラナヤーマや免疫力を高めていくようなリストラティブをクラスの中に入れていき、今までできなかったヨガもしていきたいと思う。

    これがいい意味でのリセットにつながるのだ。

  • 入院前最後の検査が終わった。今日はMRIの検査だった。来週、入院後は既に予約がいっぱいで空きがないので今朝、朝1での検査になった。やれやれである。身体の状況は良くなっている感はない。どうすれば良くなるのだろうか?ポンは結構痛いという事が分かった。先程つけたテレビでは同じ病気で奥さんを亡くした人の話をしていた。そして先程お風呂に入ろうとしたら義母が今テレビでやってるから観なさいと言われたが観ずにお風呂に入る事にした。気にすると周りに引き寄せるのだ。子供ができた時に小さい子にばかり目がいくのと同じ現象である。引き寄せの法則だ。

    昨日はヨガの生徒さんたちに、ご利益のある高塚愛宕地蔵尊に連れていってもらった。なんでご利益があるのだろうと考えてしまうが、お参りをしているとひとりでに涙が溢れてくる。ありがたや、ありがたや。そしてその日は4のつく日。4のつく日はとても良い日なのだそうだ。ラッキーである。

    そして挨拶もできずにいたスポーツクラブにも顔を出す事ができた。みんな心配してくれていた。挨拶に行けて本当に良かった。

    ヨガをしていてもポンになるなんて、と思う自分がいる。それこそ30年以上前あるヨガの指導者が亡くなった。ポンだという噂が広がり生徒さんが沢山やめていったと聞いた。自分がヨガを始めた頃は健康という事を前面に押し出したヨガ教室に通っていた。そんな古めかしい話が頭の中にしっかりこびりついている。ヨガをしているのに、なんて思ってしまう自分がいる。でも良く考えてみたらヨガを、しているからと言って風邪をひかないわけではない。病気にかからないわけではない。健康に気をつけていても病にはなる。

    グルジが亡くなった時の事を思い出す。グルジでさえ亡くなるのだ。人間は死ぬのだ。

    お釈迦様も4つの苦しみを挙げている。生老病死。

    若い時はあまり考える事も感じる事も思うこともなかったが。

    これで人並みという事なのかもしれない。

    そこから何を、学ぶのか?この体験を、どう活かしていけるのか?それとも全く関係のない生き方を選択していくのか?それはこれから考える事でもある。

    ポンになって今以上にに腹部を観察するようになった。身体が繊細になるのはいいが、痛みを感じやすくなるのはちょっと困ったものだ。アサナをしていると思った以上に腹部が動かされていた事に気づく。そして最近はだんだん呼吸が浅くなってきている。呼吸は下腹部から始まると言われた事があるが本当にその通りなのかもしれない。

    あとお尻が悪くなると自律神経がパニックを起こし小便の方にも影響を及ぼすのだ。と医者に言われた。どうりで変な感じがあると思った。

    さて、入院まであと少し入院の準備と身の回りの整理整頓を心がけて毎日を過ごしていこうと思う。

    高塚愛宕地蔵尊のご神木の写真をアップしておこう。

    パワーを感じる人はこの写真から感じられると思う。