2018年5月

  • 化学療法の1クールが終わった。

    3週間で1クールなので月曜日で終わり。1週間休んで2クール目に入る。

    来週の火曜日が待ち遠しい。といいのだが、だんだんときつくなっていくというから不安でしかない。本当にきつくなっていくのか?という疑問も湧いてくる。何かというとネガティヴにとらえやすいシロモノだからだ。世間は、特に日本はそういう風にできているようだ。だからやってみなくては分からないというのが正直な気持ちだ。

    そしてその週からレッスンを再開する。1クール目で感じた副作用は気持ち悪くなるという事が1番大きな症状で、次に手先が冷たくなる事、そして何かを食べた時にヨダレが出るところがめちゃくちゃ痛くなり、涙が出るのも痛くなる。

    まぁ、触れたら皮膚が壊死するほどの毒を入れるわけだから、それくらいで収まってくれていればいいほうで、脊髄抑制とかいうのが始まったら赤血球とかも減少するらしく、そこまでいったらちょっとやめといた方がいいのかな?細胞分裂を抑えるそうだけど、病院に行く間隔が3週間に1度で点滴をしてから2週間目に起こるとか。そしたら次の回が延期とかになったら止め時なのかもしれない。

    でも再発して肝臓の病変だけを摘出するなんて考えただけでもゾッとする。でも現実にはそこまで進行している人もいるわけで自分がそうならないという保証はないのが現実だから治療を続けた方がリスクは低くなるようだ。

    家族には意識を変えないと、と言われる。その通りだとも思う。でもそれこそ何が正しくて何が間違いなのか、どんな意識が病気を引き寄せているのかどうすれば良いのか なんてわからない。そうすると思考はここで停止してしまう。

    それが分かれば誰も苦労しないのだ。ただ単に『病』というのは人間が持つ苦しみの1つなのだ。生きる事、死ぬ事、老いる事と同じ事なんだ。それは抵抗することではないのかもしれない。受け入れるようになったらもう少し悟れるのかもしれない。

    自分が相手の嫌なところをいかにも間違っているように人に説教をする人がいるが、相手に直してもらうのではなく、自分が変わる事で相手の嫌なところ、間違っていると思っているところが気にならなくなる。というのが意識を変えるという事で、相手のここが間違っているみたいな言い方で相手を変えていくのは違う。

    教える時も相手に間違っているとかできない、できていないという意識をもたせずに教えていけたらと思う。どうすればそれができるのか学んでいかないとね。

  • 「師の跡を求めず、師の求めたるところを求めよ」

    最近聞いたこの言葉、変に納得してしまった。

    この言葉を聞いてグルジは何を求めていたのだろうか?と思いを馳せる。

    そしてグルジの言葉が浮かんでくる。

    『私の終わりが、あなたの始まりであることを祈ろう』

    『アイアンガー心のヨガ』の最期の文章からの言葉である。

    前後の文章はこうである。

    『私は今も学んでいる。それは、私にとっても真実である。

    私は決して学びをやめることはないだろうし、そこから得た教訓をあなたがたと分けあおうとしてきた。

    私の終わりが、あなたの始まりであることを祈ろう。

    内なる旅を追い求めることに費やした人生からもたらされる、すばらしい報酬と数限りない祝福が、あなたを待ち受けている』

    内なる旅を追い求める、

    これかな?

    師の元めたるところは、人それぞれ違うのかもしれない。

    正解なんてないのだろう。と思う。

    「師の跡を求めず、師の求めたるところを求めよ」

    出典を調べると孔子という説が多く出てくるが元になっているのは松尾芭蕉が弘法大師の言葉を元に弟子に贈った言葉のようだ。

  • 退院して10日あまりが過ぎた。

    今までこんなゆっくりと家にいたのは久しぶりで九州に越してきてからは初めてのことだ。

    毎日家にいて家事をしていると何か色々な事が目についてくる。家の中の事もそうなのだが家族の人間関係も色々な事が気になる。

    1つひとつが自分のワガママであり、そこから産まれてくるのは文句や愚痴ばかりのような気もする。要は不満が多いのだ。

    もちろん自分の置かれた状況に対して家族に対して感謝の気持ちはあるのだが、その気持ちが足りないのだ。きっと。ただのばかたれである。

    退院して一週間過ぎた頃から少しずつ練習をするようにしている。時間にして30分くらいかな。

    今できる事といえば、ウッティタ パーダアサナ、パールシュワ パーダアサナ、そしてヴィラバドラアサナⅡ、今日はヴィラバドラアサナⅠもやってみた。

    そして壁を使ってハーフのウッターナアサナ

    これくらい立ちポーズで脚を動かすとお尻の傷が痛みだす。そしてブランケットを重ねてセッツバンアサナをして、サルワンガアサナをする。そしてプラナヤーマを少ししてシャバアサナ。

    時々横になってバッタコーナーアサナやスプタ パーダングシュタアサナもやってみたりする。

    お腹を伸ばすのが気持ち悪い時には1番効くようだ。

    シャバアサナの時はヘミシンクのリラクゼーションを聴いて誘導してもらう。大抵眠ってしまうのだが最近目を瞑っていてもまぶたの裏や眉間を見るようにしていると起きていられる事に気がついた。

    ヨガを始めた頃瞑想のテクニックの1つで目を瞑ったまま眉間の裏を見つめ続けるというのを思い出してやってみたら、こらがなかなかいい感じである。明晰夢を見ているような感覚になる時もあるので、もうしばらく続けてみようと思っている。

    次の目標はレッスンの再開だが、その前に化学療法の2回目が始まるので、どうなるのかちょっと心配ではある。点滴から入れる薬?は結構身体にダメージがくる。まぁ、でも仕方ないな。

    カレーのスパイスを手に入れてカレーを作り始めたが塩加減が難しい。まだまだ人に出せるレベルではない。

  • 手術後1ヶ月が過ぎた。

    きっと順調に回復しているのだろう。

    環境が変わる度に心と身体が対応するまで多少の時間はかかるが何とか乗り越えてきているように思う。

    最初は手術室から病室へ。そして歩ける ようになり、管が取れ、ストーマに慣れ、化学療法が始まり、退院。そして自宅での生活。

    こんな具合にその都度立ち止まっては自分と向き合う事になる。

    とりあえず家庭での食事の用意が自分の仕事だ。

    毎日の食事を考えるのだが、身体に良い物を作るようにしていこうと思う。

    自分みたいにならないように、医食同源、少しずつ料理を学んでいこうと思う。

    人に対するおもいという点では、今までの人生の中でかなり強いおもいがあるようで自分でもビックリしてしまった。

    家族の為とか周りの人の為というおもいはあっても、人それぞれ価値観も生き方も違うから何が正しくて何が間違っているのかなんて、それぞれだからあまり周りの人に対して 強く主張する事もましてや熱くなることもなかったけど、自分の様にならないように!というおもいは今までとは違って強く主張するようになった。

    この点が大きく変わった点で自分でもとまどっている。

    ヨガの指導を続けるという事でもこのような心境の変化がおこっているのだろうか?

    2、3日前に近所に住むおばあさんが亡くなった。独りでお布団の中で眠っているところを親戚が発見した。1人暮らしで歳をとって人との繋がりが無くなって生きていくのはどんなに辛いだろう。なんてその死を思って考えてしまった。周りに誰かがいてくれるだけで幸せなのかもしれない。

    家に帰ってきても身体が痛くアーサナはなかなかできないが、歩く事はできる。

    まずはゆっくり歩く事。

    そしてセッツバンで胸を開いてプラナヤーマをする。

    これが気持ち悪い気分をだいぶ和らげてくれる。

    こうして何が大事なのか学んでいるのかもしれない。

    できる事をする。

    難しい事ができるようになる為にするのではなく、自分の身体が整っていく為に必要な事をする。そして身体が楽になっていくのだ。

  • 手術を終えて麻酔から目覚める時は真っ白いとても幸せな処から引き戻されてくるような感じだったが、病院では何もしなくて世話をしてもらって、まるで赤ちゃんにでもなったようだった、病院から出て少しずつ外の風に触れ、当たり前の事だが自分でやらないといけない。

    体力が落ちている。

    それでも少しずつ動いて戻していかないといけない生きていけない。

    退院の日は自然食のレストランに寄ってランチを食べて帰った。いつもだったら足りなく感じる食事も食べきれなかった。

    気持ちに身体がついていかない。

    死ぬまで元気に生きていけると思っていたのに、周りを見回しても1番に身体を壊してしまった。

    入院している先輩達を見ていると、歳を取るということはこういうことなのか?と実感するが、まだ早すぎるだろう。

    もちろん自分より若い人で、もっと苦しんでいる人は沢山いる。

    なんで生きていかなくてはいけないんだろうなぁ?なんて思ったりする。ボロボロになっても死ぬまで生きていくんだろうな。

    これから何ができるのか分からないが、とりあえず、できることから始めていこう。

  • 補助化学療法を選択

    自分の場合、ステージ3bでリンパまでの転移があった。手術でほとんど取ったと思うが、現代医学のマニュアルではこの補助化学療法を受けるようになっている。

    この薬は確かに劇薬らしい、肌に触れると壊死してしまうので慎重に針を刺す。そして漏れないように細心の注意を払う。こんなものを身体の中に入れるのは如何なものかと思う。できれば誰もやりたくはない治療である。

    同じ病でも色々な立場の人がいる。

    自分の場合、余命宣告されたわけではない。

    再発率の問題である。

    化学療法、受けるか受けないか?どちらが再発率の可能性が低くなるかという問題なんだ。

    化学療法をした方が再発率はぐっと低くなる。

    では代替療法はというとデータ?が何もない。助かった人もいるだろうが亡くなった人もいるだろう。種類も何がいいのかもわからない。

    再発したら一生付き合っていかないといけないと先生は言う。

    おそらく転移するんだろう。隣のお爺さんは3度目手術だという。

    確信もないまま代替療法にたよるのと、どちらがリスクがあるだろうか?

    よくネットや本でよくみる人達は余命〇〇ヶ月という宣告を受けた人達のサバイバー達のものだ。

    再発して一生付き合っていくようになってからでも遅くはないように思う。

    もちろん退院と同時に生活習慣を変える代替療法に取り組んでもいくのがベストだろうと思う。

    多くの人の場合も再発防止の為の化学療法をしながら、生活習慣を変える為に代替療法にも取り組んでいくのだろう。そして何も変わらない人が再発を繰り返しているのではないか。

    思考や行動を変えていくのもなかなか難しい。変わらないと生きていけないという、生きる為の覚悟が今更ながら必要になってくる。

  • 今日はパークヨガのイベントをのぞいてきた。あいにくの雨で建物の中でヨガをしてきた。外でできたらどんなに気分がいいだろう。

    来年は元気になって参加したいものだ。

    最近読んでいるヨガストーラを参考にアーサナの中で何をしていくのか考えてみた。5つの元素(空、風、土、水、火)や3つの状態(サットバ、ラジャス、タマス)そしてプルシャやプラクリティを意識する前にする事がアシュタンガの5番目から後の3つの作業であろう。

    プラテイヤハーラは感覚器官のコントロールにあたる。そして6番目のダラーナは集中していくこと。ダラーナをしていく事でプラテイヤハーラも同時に実践されていく。ハタヨガは身体に意識を集中させていく。

    始めは意識を身体に集中させていくのだが、慣れてくると身体の方が意識上に上がってくる。そして身体を中心に色々な直感が働きだしディヤーナが始まる。その過程でプラナヤーマや先に書いたプルシャなどが意識上に上がってきてやがてサマディがやってくる。

    教室などでやる場合は、インストラクターは生徒の前に立って自分に注意を集めるのではなく、生徒が各自の身体に注意を集中させるように誘導していかなければヨガにならない。いわゆるプラテイヤハーラ、ダラーナの状態を体験させるべきである。

    あとは練習あるのみだ。

  • 抗がん剤に対しては、人それぞれ色んな意見を持っている。抗がん剤が絶対というわけではないけど、他の代替え療法も絶対というわけではなく、確率で言えばやはり抗がん剤治療が1番なのかもしれない。

    それでもがん細胞を叩くために良い細胞も叩いてしまうのは「木を見て森を見ず」ということになってしまうのではないか?という疑問が浮かんでくる。

    その事で身近な人に、いろいろ言われた。抗がん剤を受けないなんてとんでもないという意見だった。細かいやりとりは忘れてしまったが話終わって、くら~い気持ちになった。元気も失せていくようなそんな気分だった。結局その意見に押され切ってしまった。

    そこで自分の頭の中でこの問題を処理する為に考えだされた考え感情が、自分を殺す事で相手に復讐する。被害者的な過激な感情が沸き起こってきた。

    ちゃんと向き合って理解してもらえないのなら、自分が苦しむ姿を見て理解してくれ!みたいな、わけのわからない感情だ。

    なんと面倒くさい事だ。

    この感情は今に始まった事ではなく、幼い頃から同じ感じを抱いていた事を思い出す。

    そうやって長い間自分で自分を傷つけてきたのだと思う。

    さっき担当の先生がきて、この抗がん剤の話をした。先生は理解のある事を言ってくれた。自分の免疫力を落としてまで抗がん剤の治療をする必要はないと、本当か?とも思ったが、ここの入院患者を見ていると体力ご落ちる事や体調が悪くなる事には特に気を使っているようだし、薬を減らす事や中止する事も考えているという話を聞き、主治医の先生を信じてるみることにした。

    脳裏には亡くなった義父の顔がちらつく。亡くなるはずではなかったのに検査入院で亡くなってしまった。病院への不信感であり、それを受け入れる家族への不信感でもある。

    病院の夜は長くてきつい。痛みで何度も目が覚める。手術前とあまり変わらない。しかしだんだん痛みは引いていくらしい。

    なかなか心も身体も自由には簡単にはなれないみたいだ。

  • 抗ポン(がん)剤治療をする事にしている。

    残っている可能性のあるポン細胞をやっつけるのだが、良い細胞もやっつけてしまう。どうしてこんな治療があるのだろうか?

    誰にもポン細胞は生まれてきていて、それをやってける細胞がちゃんと生まれてきてポン細胞は消滅していくのではないか?

    そうわかっていてもポンになってしまった自分。

    ポンではないかなぁと思った時点から生活を変えて対処していればよかったのかもしれない。

    ポンになるわけがないと思いこみ何も変えていなかったのではないか?

    過信があった。

    その結果がこうなったのだ。

    自分と真摯に向き合っていたのか?

    告知されるまで、そんなに深刻に考えてはいなかった。

    食生活を変えたか?

    プラーナヤーマが内臓に良いとわかってからプラナヤーマをしたか?

    免疫力を上げるようなヨガをしたか?

    まだまだできることはあったのではないか?

    治療が終わっても前と同じ生活を送るようなら何も変わらない。

    ポンはまた生まれて大きくなっていくだろう。

    そうならないような生活をしていかねばならない。

    この時間が無駄になってしまう。

    でも、でもである。

    そんなエネルギーがあるだろうか?変える気があるだろうか?

    もうどうでもいいや、と思っていないか。

    自分を変える為には目標を持つといい。

    目標を達成する為に自分を変えていくのだ。

    幸い今の自分の目標はヨガであり、家族の食生活である。

    それがきっと生きる力になっていく。

    それでポンは生まれてこない。

    もっともっと精進しなければならない。

    自分をより見つめ思考や感情をもっとコントロールして食事に気をつけていくような生活をを送ったらどうだろうか?とおもう。

    覚醒せよ!

    で抗ポン剤治療だが、できるところまでやってみようと思う。

    無駄かも知れない、いやかえってマイナスかもしれない。

    でもやってみないと分からない事も沢山あるかもしれない。

    無理はしないように、ほどほどにやってみよう。