学び

センター

ヨガのアサナをしていると、左右差がとても気になってくる。

身体の硬い方をより柔軟にしようと一生懸命になったりする。

柔らかい方はというともっと強くする必要があるのかもしれない。

身体は左右対象にはできていない。だからこそ意識する必要がある。

日本人には丹田という言葉がある。

丹田からしっかり手、脚を伸ばしていく時左右差が解消されていく。

この腹部、胸部の開き具合がとても重要なポイントになっていく事に気づく。

ヨガとセラピー

以前クレニオセイクラルワークを学んだ時、最初のワークがダイアグラム、横隔膜などの身体を横に走る組織の解放だった。

ヨガでも同じように縦に流れるエネルギーを横に走る組織がブロックしないように緩めていくという。

プロップスを使ったり、アジャストして力で持っていくのではなく、意識する事によって拡がりを作っていく作業がヨガだという。

同じ事をしている事に、今更ながら気づいた。

中国茶席

中国茶の茶席に出た。

昔中国を旅していた時、カップに茶葉を入れていつも持ち歩いていた。
その土地その土地の色々なお茶を飲んでいた。
特に味わうこともなく継ぎ足し継ぎ足し飲んでいたのを思い出した。

小さな急須のような茶壺に茶の葉を入れ熱いお湯を注ぎ1分、そして茶海というポットのようなものに注ぎ、聞香杯という背の少し高い湯呑に入れ、そこから小さな湯呑である茶杯に入れて飲む。
飲む前に空になった聞香杯の香りを味わうわけです。
こんなにしっかり味わってお茶を飲むのは初めての体験でした。

日本茶のような格式の高さを感じつつ、飲茶のような気軽さが同席しているそんな印象を受けた。
隣には見知らぬ人が座り一緒にお茶を飲みながら会話をする。
客をもてなす主を中心に一つの世界が世界が作り出される。

茶席という独特の世界感
礼儀作法というものもあるのだろうが堅苦しさもあまり感じず、出会う人とも気軽に一期一会を体感でき奥行きのある中国茶を味わうことができ素晴らしい時間を過ごせた。

ヨガのクラスもかくありたいものだと思った。
ポーズの良し悪しよりもその奥深さを内側に感じ味わい、礼節がありながらも堅苦しくならず、その時間をみんなで共有して作り出していく。
そんなクラス作りをしていきたいと今日は思った。

情熱

高校時代の部活の顧問の先生の古希のお祝い会に参加してきた。九州からわざわざ神奈川まで行ってきた。

久しぶりに会った部活の先輩後輩、いいもんだなぁ、と思った。学生の頃はただひたすら練習が嫌で何とか3年間終えたという感じだった。1、2年生の時は練習はストレス以外の何者でもなかったが3年になって、あと1年と思った時に「あと1年やる気を出してやってみよう」と思った。そうしたら1、2年の時の苦しみが嘘のような消え、記録も伸びるようになった。この事が、やる気を出せば全てが変わるのだという事を学んだ。

学んだ事はそれだけでは無かった。先生の厳しいまでの指導。自分はあまり怒られる事はなかったが、その情熱はかなり熱いものだったのだと今回気づいた。そしてその情熱が良きにつけ悪しきにつけ影響を受けていた。まるで社会の縮図のような毎日だと決めつけ、会社勤めはせずにドロップアウト。そしてヨガという自分の道をみつけ今までやってこれたのはこの先生の情熱を受け継いでいたからだと気がついた。

今まで何となく自信がなかったりどっちつかずになったりして迷ったりしていたが、自分の原点に立ち返る事ができた。そんな先生の座右の銘は『雑草の如く』であった。これでいいのだ。と思えるようになったし、『自分を信じてあげられなくて誰が自分を信じてあげられるのだ』という言葉が残った。

そして仲間というものは大切な財産であり。ヨガを通してその仲間を作り育てていく事が自分のこれからの仕事である事を教えてくれた。

アイデンティティとヨガ

そこに欲求と抵抗があるとアイデンティティが生まれる。アイデンティティは自分に服を一枚被せるようなもので、本来は着たり脱いだりできるものなのだ。でも同じ事をずっとしていると、その服、役割が身にしみてしまい脱ぐ事をいつしか忘れてしまう。

では、どんな服を着るのか?お母さんという同じ服でも、人それぞれ違う。その人がどこに反応するかで、その柄は変わってくる。やりたくない事をやらされた時、ものすごい抵抗が生まれてきたが何らかの理由でそれをしなければならない時に服を身にまとい始める。気がつかないうちにそれは身に付いてくるのだ。そして本人も気づかないうちに相手に同じ事を(この場合、嫌がる相手に無理に何かを頼むという事)するようになる。

子供から大人まで人はこうして何枚も服を重ね着していく。そしていつしか身につけている事すら忘れてしまい、これが本来の裸の自分だと勘違いしてしまうのだ。

この事で身体と心に緊張を作り出し、人間関係にも支障をきたしたり、無理をして具合が悪くなっていったりもする。

本来の自分、アイデンティティを身につける前の自分に出会う事でこの問題は解決される。上手くこのアイデンティティを使いこなす事が出来れば役者のように色々な体験ができるのかもしれない。

ハタヨガは身体を観察し心を観察して、このアイデンティティを外していく。
筋肉をコントロールして力を入れたり緩めたりすることで身体をコントロールしていく。
そうすることで自分の中心へと近づき、意識も自分の中心へと向かい本来の自分に還っていく。

ポジティブ、ネガティブ(心の声)とヨガ

先日、聞き方講座で学んだ事だが、心に出さなくても気持ちは相手に伝わるという事を、oリングテスト(筋反射テスト)を使って実験をした。

ポジティブな思いは自分だけではなく相手にも良い影響を与える。
眉間にしわを寄せて話すとネガティブなエネルギーが起こり、、眉毛を上げて話すとポジティブなエネルギーがおこる。
そしてそれは確実に相手に伝わる。

どうせなら楽しく人とは接したい。

眉毛を上げていると、心が自然とウキウキしてくるのは自分だけだろうか?

ヨガレッスン中も眉間にしわを寄せて頑張っている人がいる。
頑張るのは良いが、ちゃんと体に力が入らず無駄な力が入ることがわかる。

心の問題を解決していくためにも、せめて眉間にしわを寄せずに過ごしたいものだ。

アメリカのテレビドラマで最近よく見ている番組に「Lie to me」というのがある。
顔の表情やしぐさで相手の心を読んで問題を解決していくストーリーなのだ。
心の動きは表情に出るものなのだ。
怒り
恥じらい
蔑視
秘密
などなど。

心の動きが体に現れる、その癖を修正していく作業がヨガでもある。

ヨガでも心をしつけていく事ができる、そしてポジティブな気持ちを維持することで楽しい毎日がやってくる。

フランクリンメソッド

『骨盤力』といういう本がある。フランクリンメソッドといい、骨盤底をメインにしたエクセサイズ本である。解剖学を始め身体の事を勉強していると色々なメソッドやワークに出会う。この本も翻訳される前に知り、読めもしないのに英語の本を購入しそのイラストを眺めては楽しんでいた。
ヨガを長年続けているとやはり股関節や仙腸関節を始め骨盤周りの動きが大切たという事に気づく。

身体を動かすセンスも頭もあまり良くないので、何度も何度も繰り返し練習をする。それでも分からない、気づかない事がある。

だからこそ、常にどうなのか?という視点を持ちながらいると、色々な情報が入ってくる。
ヨガをしているからといって身体の事がわかるのかといえば、学ばなければわからない。

このフランクリンメソッドもとても勉強になる。

アイアンガーヨガは他のものと混ぜて教えてはいけないという決まりはあるが、長くやっていると結局同じことを言っているんたという事がよくある。

ヨガを通して色々なものを体現していくことが、自分にとってのヨガでありライフワークなのだといつも思う。