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十人十色

家の前の田んぼの後に、今の季節になるとひばりの鳴き声が聞こえてくる。しばらく見ていると、大きな声でで鳴きながら真上に上昇し、高く飛び上がると、後は疲れたように落ちてくる。いったい何をしているのかしら?と思う。あとで思い返すとおかしくあり、楽しく感じてしまう。

教室など数人でヨガをしていると、どうしても他人と比べてしまう時とかがある。エゴが顔を覗かせる瞬間である。アイアンガーヨガをしているとポイントを押さえる事を覚えるので他人の事もよく見えてくる。それが上手く?発動している時は他人の欠点に目がいき、下手に?発動している時には自分の自分のできなさに目がいったりする。しかし、見るべきところはそこではなく、自分のエゴだ。

そのエゴとどう向き合っていくのか?それがヨガだ。力で押さえ込むのではなく、観察し気づく事によって手放していく。執着、こだわり、欲、などから解放させていく事が瞑想である。こういう方法をクラスの中で身体を使って身につけていってほしい。その為に色々な観点、アプローチがヨガのクラスの中で与えられているのだ。

10人いれば10種類のヨガがある。1つの価値、1つの結果にこだわる事なく、自分自身の価値を見つけていく。だから、子供が大きくなったら家を出ていくように、ヨガの世界でも基本を身につけて成長したら巣立って、自分の価値を高めていき成長していけばいい。それが自然だと思う。

色々な生き物がいるように、日本人という価値観さえ乗り越えて、1人1人が生き生きとした世界が作られていけば好い。話が大きくなってきたので終わり。

優しさにつつまれたなら

優しさに包まれたなら、目にうつるすべてのことはメッセージ。

ユーミンの歌詞でこんな曲がありますね。優しさに包まれたなら、すべての事はメッセージになるのです。

1つの事を一生懸命学ぶ事は大切ですが、一見無駄に見える事の中にも学びの機会はあるものです。そしていつかすべてが繋がってくる。

前にヨガを教えている時にクレニオセイクラルワークというボディワークも教えようとした時に、ある生徒からそんなものは使えないから要らないと言われた事があった。

しかし、今武術系のメルマガとかを読んでいるとクレニオで学んだのと同じテクニックを言葉を変えて言っている事がある。それはアジャストにもつながるし自分とそれ以外の関係性であったり、様々なところに応用が効いてくる。

前にも書いたかもしれないが、ヨガは全てに通じる道だと思っているので、色々なところからヨガというものにアクセスでき、最終的には自分というものに集約されていく。

結局のところ、個々の成長がヨガであって、ヨガを学ぶ事がその人の人間性を高めてくれるものでなければならないのだと思う。

では何を学んでいくのかというという事はまた次の機会にしようと思うが、すべての事を自分へのメッセージに変える事は優しさに包まれる必要があって大事なのは感謝の心であり、すべてのものにありがたいなぁと思えた時に、全てが自分のための学びに変わっていくのだ。

そんな事を今日はふと思った。

手入れをする

昨年暮れに子供達が祖母へ買ってあげたシクラメンが花がなくなり葉ばかりになってしまっていた。

自分が子供の母は毎年シクラメンの花を玄関に飾って春先まで綺麗な花を咲かせていた。そんな記憶があるから、花が終わってしまうのは早すぎると思い祖母(子供達にとっての)から植木鉢を受け取り手入れをする事にした。

幸い還元水素水が植物に良いというので水やりをし、花と葉の手入れをし肥料を施すと、薄いピンクの花が赤くなり中央に陽を当てるようにしたら段々と元気になってきた。

人間の身体も手をいれ気を入れ心を入れたら元気になってくるのだ。花でさえそのおもいが伝わるのだから人間に伝わらないわけがない。

仲間

クラスが終わった後、いつも通ってきてくれている人が新しく体験で参加した人に話しかけていた。それを見ていて、ありがたいなぁと感じた。クラスに参加している人達が、このクラスを作ってくれているのだなぁと思った。

また、別のクラスでも数年休んでいた人が戻ってきたりする。長年続けている人がいるから戻ってきてくれる。

一緒にヨガを続ける仲間がいるというのはとても大切な事だ。

ヨガ遍歴4

帰国をしてヨガを伝えようと決めたものの、どうしたらよいのか全く分からないまま、ニートの状態が2ヶ月続いたある日父親が自衛官の地連の人をつれてきた。自衛官の勧誘に来たのだ。

流れに任せて自衛官になった。規則正しい生活、体力作りに励みながらベッドにコンパネを入れてもらい、毎朝ベッドの上でヨガをした。

任期途中で自衛官を辞め、北海道でオフロードのバイクを買い、日本列島を南に旅し鹿児島から奄美、沖縄本島、宮古島、石垣島まで旅をした。

旅を終え、仕事を探している中でスポーツクラブの、水泳コーチをしようかと面接に行った。そこでそこの面接官に「この仕事は好きでないとできないよ」と言われ、好きでないとできないのなら、ヨガの仕事をしようと決めた。

インドでヨガを伝えようと決めてから2年半の月日が流れていた。ヨガ教室といっても何がどこにあってどんな状況なのか全く分からなかった飛び込みで吉祥寺にある教室に入ったら新宿に本部があるといわれ後日そこの教室に行き指導員養成コースに、入門する事になった。

他のヨガとの違い

ヨガも沢山の教室やレッスンが溢れている。10人いれば10種類のヨガがあるという。多くのレッスンでは前に先生が立って、それを見ながら真似るようにポーズをしていくレッスンが多い。先生は一人一人に語りかけるというより全体に語りかけて導いていく。

また、先生は前に立って見本を見せず言葉を使って誘導し、一人一人を見ていく。毎回やるポーズが決まっている場合などで多くされている。

いずれの場合もヨガの場合アサナというポーズをする事が多い。中には体操の様なレッスンもあるが、今では少ない。

ポーズを深く考えて行く時間はレッスンの中ではあまりない。例えば手を挙げるように指示されても肘が伸びない場合、そのまま次へ進むか肘をもっと伸ばすように指示して終わってしまう。なぜ肘が伸びないのか、そこまで考え教えてくれる指導者は少ないのではないだろうか?何故できないのかという事と向き合う事で、身体に対する洞察がついてくる。

自分はできるからできない人の気持ちが分からないようでは、何を指導しているのか分からない。
分からなかったら理解する努力が求められるのが、この仕事なのだとおもう。

間接照明を使ってキャンドルを点けて部屋を演出した感じの好い雰囲気のある教室に通う事も好いだろうけど、身体の中から気持ちよく伸びることができれば自分の内側から気持ちよさを実感できるものだ。

 

お尻と過去生

頭の中に浮んでくる言葉を言葉として捉えるのではなく画像に変換して捉える練習を時々している。
そうするとこのように言葉にする時に言葉 画像 言葉と翻訳する必要がでてくる。
画像で保存されたものは言葉で保存するよりも保存がしやすい。
そして言葉にした時に様々な表現に置き換えることができる。
昨日ヨガアーサナでお尻を緩めて伸ばしている時に浮んできたイメージがあった。
お尻の緊張は過去生での人生の苦しみ?
耐え生き抜いた頑張りが凝縮されている。
生きるのがやっとの時代。
戦時下や圧制による貧困。
奴隷など身分によるもの。
今の日本からは想像もつかないような時代を生き抜いてきた。
お尻をきゅっと緊張させてただひたすらに生きるために頑張ってきた、そんな時代の名残だ。
そんな頑張ってきたものを解放してやれれば、どんなにか樂になれるだろう。
その時代の苦しみを心の奥の方にしまいこんで生きるのと、そうではないのとではどんな違いがあるのだろう。
心の奥にしまいこんである忘れ去られた記憶がその人の一生を左右する。
もし要らないものであれば、持っている必要はないのである。
最近ヨーガやクレニオをしていて思うのだが、身体に触れる事であるいはヨーガをとおして同じ時間を共有することで、一人一人の身体と対話をし心を解放していく事ができれば、どんなによいだろうか?
痛みや病気といった身体からのメッセージを、ちゃんとその心に届ける事が自分の仕事なのではないだろうかと思う。
そう考えるとなかなかやりごたえのある素晴らしい仕事ではないか?
もっともっとだ。

聖なる呼吸

ドキュメンタリー映画「聖なる呼吸」を観た。クリシュナマチャリアを軸にヨガのルーツを探すというストーリーだった。

内容はともかく、昔の映像が映し出され、身体の動きを見る事が勉強になった。特に印象的だったのが胸の肋骨の動きだった。肋骨が柔らかく動いていく姿は今までにない新たな視点を得た。

昔はハタヨガが見世物だったという。その様子が残っており、こんなだったのかぁと、思うと同時に今のように社会の中で受け入れられるようになった、そのルーツを、もっと詳しくみたかった気もするが、そうすると話が大きくなっていくのかもしれない。

ヨガ遍歴3

2度目のアジア放浪の旅に出ていた。したい仕事も見つからず、と言って積極的に仕事を探すわけもなく、ただ毎日毎朝ヨガの練習だけを欠かさずにやっていた。その頃の座右の銘は「無理をしないこと」軟弱な男になっていた。

中国からパキスタンを通ってインドへ。アシュラムに入って本格的にヨガを学ぶ事ができた。とは言っても日本人の人に手ほどきを受けた。何人かの先輩ができたわけだ。瞑想で1時間も座る事ができず背中が痛みだしていた。アサナをしているとその痛みも消えてきた。それでも瞑想はなかなか難しく座っている事が修行であった。

この旅で何人かの聖人とよ ばれる人をみにいった。ある人に『今、ここに生きている」という強いエネルギーを感じた。なんということか!人を引き寄せるパワーを感じた。

沢山の本を読み、ヨガをし、いつしかヨガの頭になっていた。クラッシックの音楽をヨーロッパで聞くとすんなりと馴染んでいくように、ヨガの教えがインドという風土とピタッと合っていて、その哲学や考えが、すーっと身に染みてきて、そしてヨガの教えは人類にとって真理であると知ったのだ。ヨガをルーツに様々なものが生まれ派生してきた。心と身体のことの中心にあるものがヨガの教えの中にある。そう確信した。確信したら、これを人に伝えなければと決め旅を切り上げ帰国する事に決めた。

自分がヨガに向いているとか、能力があるかとか、そんな事は考えもしなかった。この真実を教え広めるのが自分の仕事だとその時決めてしまったのだ。

北九州ヨガセンター 忘年会

今日は旦過市場の中にあるゑびすやさんで忘年会でした。昨年は8人でしたが、今年は12人と人数も増えて少しずつですが成長している感じがしました。ありがとうございます。皆さんと共に歩んでいることを思うと嬉しくなります。

来週の土曜は「聖なる呼吸」をみんなで観て今年最後になります。今年も良き一年でした。

ヨガをどのように伝えていけば良いのか、何を伝えていけば本当の自分らしさを引き出していけるのか?そんな事を考えながら来年もやっていこうと思っています。