情熱

高校時代の部活の顧問の先生の古希のお祝い会に参加してきた。九州からわざわざ神奈川まで行ってきた。

久しぶりに会った部活の先輩後輩、いいもんだなぁ、と思った。学生の頃はただひたすら練習が嫌で何とか3年間終えたという感じだった。1、2年生の時は練習はストレス以外の何者でもなかったが3年になって、あと1年と思った時に「あと1年やる気を出してやってみよう」と思った。そうしたら1、2年の時の苦しみが嘘のような消え、記録も伸びるようになった。この事が、やる気を出せば全てが変わるのだという事を学んだ。

学んだ事はそれだけでは無かった。先生の厳しいまでの指導。自分はあまり怒られる事はなかったが、その情熱はかなり熱いものだったのだと今回気づいた。そしてその情熱が良きにつけ悪しきにつけ影響を受けていた。まるで社会の縮図のような毎日だと決めつけ、会社勤めはせずにドロップアウト。そしてヨガという自分の道をみつけ今までやってこれたのはこの先生の情熱を受け継いでいたからだと気がついた。

今まで何となく自信がなかったりどっちつかずになったりして迷ったりしていたが、自分の原点に立ち返る事ができた。そんな先生の座右の銘は『雑草の如く』であった。これでいいのだ。と思えるようになったし、『自分を信じてあげられなくて誰が自分を信じてあげられるのだ』という言葉が残った。

そして仲間というものは大切な財産であり。ヨガを通してその仲間を作り育てていく事が自分のこれからの仕事である事を教えてくれた。

他のヨガとの違い

ヨガも沢山の教室やレッスンが溢れている。10人いれば10種類のヨガがあるという。多くのレッスンでは前に先生が立って、それを見ながら真似るようにポーズをしていくレッスンが多い。先生は一人一人に語りかけるというより全体に語りかけて導いていく。

また、先生は前に立って見本を見せず言葉を使って誘導し、一人一人を見ていく。毎回やるポーズが決まっている場合などで多くされている。

いずれの場合もヨガの場合アサナというポーズをする事が多い。中には体操の様なレッスンもあるが、今では少ない。

ポーズを深く考えて行く時間はレッスンの中ではあまりない。例えば手を挙げるように指示されても肘が伸びない場合、そのまま次へ進むか肘をもっと伸ばすように指示して終わってしまう。なぜ肘が伸びないのか、そこまで考え教えてくれる指導者は少ないのではないだろうか?何故できないのかという事と向き合う事で、身体に対する洞察がついてくる。

自分はできるからできない人の気持ちが分からないようでは、何を指導しているのか分からない。
分からなかったら理解する努力が求められるのが、この仕事なのだとおもう。

間接照明を使ってキャンドルを点けて部屋を演出した感じの好い雰囲気のある教室に通う事も好いだろうけど、身体の中から気持ちよく伸びることができれば自分の内側から気持ちよさを実感できるものだ。

 

お尻と過去生

頭の中に浮んでくる言葉を言葉として捉えるのではなく画像に変換して捉える練習を時々している。
そうするとこのように言葉にする時に言葉 画像 言葉と翻訳する必要がでてくる。
画像で保存されたものは言葉で保存するよりも保存がしやすい。
そして言葉にした時に様々な表現に置き換えることができる。
昨日ヨガアーサナでお尻を緩めて伸ばしている時に浮んできたイメージがあった。
お尻の緊張は過去生での人生の苦しみ?
耐え生き抜いた頑張りが凝縮されている。
生きるのがやっとの時代。
戦時下や圧制による貧困。
奴隷など身分によるもの。
今の日本からは想像もつかないような時代を生き抜いてきた。
お尻をきゅっと緊張させてただひたすらに生きるために頑張ってきた、そんな時代の名残だ。
そんな頑張ってきたものを解放してやれれば、どんなにか樂になれるだろう。
その時代の苦しみを心の奥の方にしまいこんで生きるのと、そうではないのとではどんな違いがあるのだろう。
心の奥にしまいこんである忘れ去られた記憶がその人の一生を左右する。
もし要らないものであれば、持っている必要はないのである。
最近ヨーガやクレニオをしていて思うのだが、身体に触れる事であるいはヨーガをとおして同じ時間を共有することで、一人一人の身体と対話をし心を解放していく事ができれば、どんなによいだろうか?
痛みや病気といった身体からのメッセージを、ちゃんとその心に届ける事が自分の仕事なのではないだろうかと思う。
そう考えるとなかなかやりごたえのある素晴らしい仕事ではないか?
もっともっとだ。

聖なる呼吸

ドキュメンタリー映画「聖なる呼吸」を観た。クリシュナマチャリアを軸にヨガのルーツを探すというストーリーだった。

内容はともかく、昔の映像が映し出され、身体の動きを見る事が勉強になった。特に印象的だったのが胸の肋骨の動きだった。肋骨が柔らかく動いていく姿は今までにない新たな視点を得た。

昔はハタヨガが見世物だったという。その様子が残っており、こんなだったのかぁと、思うと同時に今のように社会の中で受け入れられるようになった、そのルーツを、もっと詳しくみたかった気もするが、そうすると話が大きくなっていくのかもしれない。

ヨガ遍歴3

2度目のアジア放浪の旅に出ていた。したい仕事も見つからず、と言って積極的に仕事を探すわけもなく、ただ毎日毎朝ヨガの練習だけを欠かさずにやっていた。その頃の座右の銘は「無理をしないこと」軟弱な男になっていた。

中国からパキスタンを通ってインドへ。アシュラムに入って本格的にヨガを学ぶ事ができた。とは言っても日本人の人に手ほどきを受けた。何人かの先輩ができたわけだ。瞑想で1時間も座る事ができず背中が痛みだしていた。アサナをしているとその痛みも消えてきた。それでも瞑想はなかなか難しく座っている事が修行であった。

この旅で何人かの聖人とよ ばれる人をみにいった。ある人に『今、ここに生きている」という強いエネルギーを感じた。なんということか!人を引き寄せるパワーを感じた。

沢山の本を読み、ヨガをし、いつしかヨガの頭になっていた。クラッシックの音楽をヨーロッパで聞くとすんなりと馴染んでいくように、ヨガの教えがインドという風土とピタッと合っていて、その哲学や考えが、すーっと身に染みてきて、そしてヨガの教えは人類にとって真理であると知ったのだ。ヨガをルーツに様々なものが生まれ派生してきた。心と身体のことの中心にあるものがヨガの教えの中にある。そう確信した。確信したら、これを人に伝えなければと決め旅を切り上げ帰国する事に決めた。

自分がヨガに向いているとか、能力があるかとか、そんな事は考えもしなかった。この真実を教え広めるのが自分の仕事だとその時決めてしまったのだ。

北九州ヨガセンター 忘年会

今日は旦過市場の中にあるゑびすやさんで忘年会でした。昨年は8人でしたが、今年は12人と人数も増えて少しずつですが成長している感じがしました。ありがとうございます。皆さんと共に歩んでいることを思うと嬉しくなります。

来週の土曜は「聖なる呼吸」をみんなで観て今年最後になります。今年も良き一年でした。

ヨガをどのように伝えていけば良いのか、何を伝えていけば本当の自分らしさを引き出していけるのか?そんな事を考えながら来年もやっていこうと思っています。

ダイハツアリーナでヨガ

中津市ダイハツアリーナでしているヨガ教室も今年は今日が最後になった。
来週は23日がお休みなので、いつもより少し早めの終了になった。

帰りにドーナッツをもらいに三光イオンのミスドに寄った。

もともとはイオンのカルチャーで始まったクラスだった。
イオンのカルチャーが閉鎖になり、会場をダイハツアリーナに移った。
その時からの生徒さんが着いてきてくれている。
長い人で10年になる。
ありがたい事である。

来年は6日からクラスがはじまる。

 

ヨガ遍歴2

若い頃は元気で可能性に満ちている。経験もなく、何とかなると思っている。賢い人達は大人達が築きあげてきたシステムの一員になる事が生きる道だと悟っている。それに比べ自分は自分探しの旅に出てしまい、これだと思ったヨガに出会った。今思うと決して自分に向いているとは思えない。今出会っていたら、その身体の硬さからやる前から諦めていただろう。

1年のアジア放浪から帰ってきたのは良いが、まったく何も手につかなかった。とりあえずお金を貯めて旅に出る事しか頭に浮かんでこなかった。そんなこんなでやっと軽トラの宅配便の仕事に就く事にした。久しぶりに走る東京はどこもかしこも風景が同じでまったくと言っていいほど道を覚えることができなかった。また、朝から晩まで働くという当たり前の事さえ苦痛でできなかった。そんな中、旅で出会ったヨガをしてみようと思ったのだ。本屋に行き本を買い1日1ポーズずつ覚えていこうと決めた。

最初に出会ったポーズはジャーヌシールシャアナサ、前屈のポーズだった。夜寝る前にベッドの上でポーズをしてみた。本に書いてある通りに呼吸を意識しながらやってみた。硬くなっていた背中が気持ちよく伸び、身体の硬さが感じられた。ポーズが終わった後はリラックスしながら、そのまま寝る予定だった。布団をかぶり寝ようとしても何故か眠れなかった。頭の中がグルグルと動き出し、色々な事が頭の中を駆け巡っていった。朝は5時に起き荷物の積み込みをしなければならない。結局朝まで頭の中はグルグルしたままだった。

このたった1つのポーズが、こんなにまで影響を与えた事に驚き、ヨガの凄さを何故か感じてしまった。それから数年間毎朝ヨガをするようになった。終わった後の爽快感とスッキリ間は朝食を摂るまでしか続かなかったが、ヨガの恩恵をしっかり感じるには十分だった。

アイデンティティとヨガ

そこに欲求と抵抗があるとアイデンティティが生まれる。アイデンティティは自分に服を一枚被せるようなもので、本来は着たり脱いだりできるものなのだ。でも同じ事をずっとしていると、その服、役割が身にしみてしまい脱ぐ事をいつしか忘れてしまう。

では、どんな服を着るのか?お母さんという同じ服でも、人それぞれ違う。その人がどこに反応するかで、その柄は変わってくる。やりたくない事をやらされた時、ものすごい抵抗が生まれてきたが何らかの理由でそれをしなければならない時に服を身にまとい始める。気がつかないうちにそれは身に付いてくるのだ。そして本人も気づかないうちに相手に同じ事を(この場合、嫌がる相手に無理に何かを頼むという事)するようになる。

子供から大人まで人はこうして何枚も服を重ね着していく。そしていつしか身につけている事すら忘れてしまい、これが本来の裸の自分だと勘違いしてしまうのだ。

この事で身体と心に緊張を作り出し、人間関係にも支障をきたしたり、無理をして具合が悪くなっていったりもする。

本来の自分、アイデンティティを身につける前の自分に出会う事でこの問題は解決される。上手くこのアイデンティティを使いこなす事が出来れば役者のように色々な体験ができるのかもしれない。

ハタヨガは身体を観察し心を観察して、このアイデンティティを外していく。
筋肉をコントロールして力を入れたり緩めたりすることで身体をコントロールしていく。
そうすることで自分の中心へと近づき、意識も自分の中心へと向かい本来の自分に還っていく。

ヨガ遍歴1

20代にアジアを旅している時、ネパールでヨガに出会った。バブルの頃だ。

精神世界への入口でもあった。クリシュナムリティやバグワン シュリ ラジニーシ(オショウ)などを知ったのもその頃であった。旅の途上であったという事がとても大きな意味を持っていた。これが日本で出会ったとしたら今の自分があったのかどうかわからない。アジアはその頃の日本に比べると貧しく生きるのに必死だった。

ゲストハウスの本棚に置かれた、これらの本を読み漁るようにして時間を過ごした。本当の自分とは?瞑想で得られる境地とは?宗教というまのがぐっと身近に感じられ、今まで興味のなかったお釈迦様や聖者といった存在に興味を持つようになった。どのように生き、どんな行いをしどのように死んでいったのか。そして自分はどのように生きていけばよいのか。暗中模索の中、時間はゆっくりと流れていった。